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文京区にある東京カテドラル聖マリア大聖堂を設計した丹下健三ってどんな人?

投稿日:2020/11/28by 
文京区にある東京カテドラル聖マリア大聖堂を設計した丹下健三ってどんな人?イメージ

東京都内には官民問わず様々な有名建築物があり、文京区も例外ではありません。文京区には、東京オリンピックや都庁の設計を行った丹下健三の建築物である東京カテドラル聖マリア大聖堂があります。そこで今回は、文京区関口にある東京カテドラル聖マリア大聖堂を設計した丹下健三についてまとめてみました。

 

東京カテドラル聖マリア大聖堂ってどんな建物?

東京カテドラル聖マリア大聖堂は、文京区関口にあるキリスト教カトリックの教会になります。大聖堂の中には、カトリック教の方でなくても入館することができるので、一般の方でも建物や礼拝堂を拝見することが可能となっています。

館内には、東京カテドラル聖マリア大聖堂の他に聖園幼稚園、カトリック東京韓人教会、公益財団法人東京カリタスの家、カトリック関口教会、カトリック東京大司教区本部事務局があります。

 

東京カテドラル聖マリア大聖堂はどこにあるの?

東京カテドラル聖マリア大聖堂の住所は東京都文京区関口3丁目16−15となっています。

大聖堂は、目白通りの目白新坂を登ったところにあります。関口で有名なホテル椿山荘の前に当たる場所なので椿山荘や肥後細川庭園などと併せて見学することもできますね。

電車を利用する場合江戸川橋駅から目白新坂を登っていくことになるので足腰が鍛えられそうです。また、区営バスの「Bーぐる」が椿山荘に停車するためそちらを利用してもよいかもしれません。

 

東京カテドラル聖マリア大聖堂を設計した丹下健三ってどんな人?

丹下健三(1913-2005)は、日本の建築家であり様々な都市開発にも関わった経歴のある建築界の重鎮です。宗教はキリスト教カトリック信徒のためこの大聖堂の建築に関わった理由も頷けますね。享年91歳の葬儀も、自身の設計した東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われました。

生まれは大阪府堺市、小学校は中国の小学校に初めは入学をしますが、数年後に父の実家である愛知県の小学校に編入します。大学は東京大学(旧:東京帝国大学)の工学部建築科を卒業しています。

世代的には、近代建築の巨匠であるル・コルビュジェの建築に影響を受けた世代です。日本人建築家として「世界のタンゲ」と言われるほどになり、日本人建築家が世界で評価されるようになった先駆者的な存在となっています。

建築のテーマに関しても「建築空間は美しきもののみ機能的である」、「日本の伝統を否定しつつ変革しつつ正しく伝統を受け継ぐ」といったように独自の美意識を持っていたことが窺えますね。

 

丹下健三ってどんな時代に活躍したの?

丹下健三の活躍した時代は、第二次世界大戦以降になります。1950年代初頭は、朝鮮戦争による特需をきっかけに日本復興へのムードが高まった時代でした。日本は建築ラッシュとなり、とりわけ公共事業の増加に伴って官公庁の建て替えなども相次いで行われます。

また、1964年には高度経済最長の中で国家の維新をかけて日本で東京オリンピックが開催されます。当時の日本は敗戦国というイメージを払拭し、先進国として日本の立ち位置を国内や世界に知らしめる必要があった時代といえます。

この時代に世界で活躍した丹下健三は、当時の建築家のみならず多くの日本人に大きな希望を与えた人物といえます。

 

丹下健三って東京カテドラル聖マリア教会以外にはどのような建物を設計したの?

では、丹下健三は文京区の東京カテドラル聖マリア教会の他にどのような建築物を設計したのでしょうか。

香川県庁舎の低層棟・高層棟(1958年ごろ)

丹下健三が語られる有名な文脈のひとつには「香川県庁舎」があります。

なぜこれほど地方の県庁舎が有名になるかというと、ル・コルビュジェが設定した「近代建築の五原則」である「ピロティ」、「自由な平面」、「自由な立面」、「独立骨組みによる水平連続窓」、「屋上庭園」といった最新の近代建築の技法を取り入れて作られたためだと考えられます。近代建築の技法を伝統的な庁舎に取り入れることにより、当時の重苦しい日本の庁舎のイメージを一新し、明るく一般に開かれた庁舎として変えることが可能になりました。

また、日本独自の梁による空間設計を用いることで部屋の大きさを自在に組み合わせることができるようにしたことも大きな特徴と言えます。

海外の「新しい技術」と日本の「伝統」を掛け合わせるところに、丹下健三が新しい建築の未来を築いてきたことが伝わってきますね。

 

代々木国立競技場(1964年)

国立代々木競技場左:外観 右:内観

代々木国立競技場のコンセプトは「閉じていても開かれた空間」です。

代々木第一体育館のおよそ4000㎡の視界を遮ることのない大空間は、デザインの設計の丹下健三と構造力学の坪井善勝によってプロジェクトは勧められました。

フロアからみえる「吊り屋根構造」、利用者を意識した「考え抜かれた空調設備」、また都市の視点でみたときの明治神宮との繋がりや人の流れといった「都市との繋がりを意識した設計」は、丹下健三の独自の美意識や都市構想観に基づいて作られたと言えそうですね。

このような建築物が1960年代に作られたのは驚きですね。国立競技場の美しいフォルムから、当時のブランデージIOC会長が「多くの世界記録が代々木競技場から生まれたことでもわかるようにこの作品が選手たちの力を掻き立てたといえるのではないか。」といった理由もわかる気がしますね。

 

その他の建築物

丹下健三の設計したものは他にも国内では、東京都庁舎第一本庁舎(1991年)や広島平和記念資料館(1955年)などがあり、海外を含めると手掛けたプロジェクトは世界31国330以上にのぼると言われています。

現代の著名な建築家もそうですが、建築家たちのパワフルな活動力は是非見習いたいですね。

 

まとめ

いかがだったでしょうか。実際の建築物は誰が設計したかを知らずに利用することも多いので、後から設計者を調べてみたりも面白いですよね。この他にも文京つーしんでは皆様に役立つ情報を配信しておりますので、引き続きよろしくお願いします。

 

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◼︎ 詳細情報

東京カテドラル聖マリア大聖堂詳細

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